
人生には理由がある
vol.06 絵描き / 塩谷歩波さん
塩谷歩波 / 絵描き
自分の物語を生きるために ”こうあるべき”を捨てる勇気
絵描き / 塩谷歩波さん

「早く建築家にならなきゃ」と、自分を追い込む毎日だった。
インテリアコーディネーターの母親の影響で建築の道へと進んだ塩谷歩波さん。
母親がよく建物の絵を描いていたのを見て、「楽しそう!」と描き方を教わり、建築に興味を持ったのがきっかけだったと言います。その後、難関私立大学の建築学科に見事合格。
しかし、常に課題の出来で優劣をつけられる大学という環境の中で、思ったような成績を残せず劣等感を抱いてしまいます。
「“早く建築家になってコンプレックスを払拭したい”という思いを強く持っていました。大学院卒業後に都内の設計事務所に就職したのも、どういう建築家になりたいとか、どんな建築物をつくりたいといったビジョンはなく、“同級生に負けたくない。誰よりも早く建築家になって見返してやる”という思いから。だから、食事をするのも疎かになるほど、時間を忘れて仕事に没頭していました」


銭湯という癒しの空間が、“本当に好きなこと”に気づかせてくれた。
「銭湯の広い浴槽に浸かると、心が癒やされました。当時、若い子がたくさんいるスーパー銭湯や遠い温泉に行く元気もなかった私にとって、年配の方との他愛のない会話も心地よかったのです。それからはもう銭湯にハマり、休職中はずっと通っていました」
銭湯はワンコインで利用でき、近所にあったこともあって、塩谷歩波さんにとって行きやすい場所でした。
そして何より、銭湯に入ると、しがらみやストレスから解放され“ありのままの自分でいられる”という安堵感があったのです。
「銭湯の建物的魅力にも夢中になりました。銭湯って子供からお年寄りまで色々な方が集まる“街のコミュニティスペース”なんです。私も設計をしていたときは、老若男女が健やかになれる場所をつくりたくて試行錯誤していました。だから“もうここにあるじゃん”と嫉妬を覚えたほどでした」

「紙という限られた空間で、最高の世界をつくり上げられたときがすごく気持ちいいんです。そこは、自分の手で理想の空間をつくり上げる建築の喜びと親和するかもしれません」
さまざまな銭湯を巡った塩谷歩波さんは、やがて『銭湯図解』を描くようになります。
「はじまりは、大学の友人に向けてTwitterで発信した銭湯の絵でした。そしたら、リツイートされて知らぬ間に広がっていったのです。SNSの力はすごいと思いましたし、自分の絵を知らない人たちが評価してくれたことが自信にもつながりました」
銭湯の効果もあって体調は回復し、一度設計事務所に復職した塩谷歩波さん。しかしまた体調を崩し、「建築は向いていないかも……」と悩んでいた矢先、高円寺にある銭湯・小杉湯の三代目から「うちで働かない?」と声をかけられます。
「建築家になるか、銭湯で働きながら絵を続けるか。まったく違う業界で、すごく悩みましたし不安でしたが、ワクワク感が勝ったんです。休職中もずっと絵を描き続けていて、描いているとすごく落ち着いて。相談した友達からも“大学時代からずっと絵を描くことが好きだったじゃん”と後押しされたのです。やっぱり私は絵がすごく好きなんだなって気づきました」

その後、小杉湯の番頭として働き始めた塩谷歩波さんは、開店準備をしたり、イベントの企画やPOPデザインを考えたりと、充実した毎日を送ります。その一方で、仕事の合間に描き続けた『銭湯図解』がSNS上で反響を呼び、2019年に書籍化されます。
「その頃にはイラストの仕事も増え、小杉湯の仕事がおざなりになっていました。それに申し訳なさを感じていることを小杉湯に相談したら、二代目が“ここまでよくやってくれた。小杉湯はもう大丈夫だから”と次のステップへと背中を押してくださったのです。小杉湯のおかげで絵と向き合えたことに感謝すると同時に、今度は“自分が一番好きなことを大切にしたい”と思い、絵描き一本で生きていく道を選びました」

『銭湯図解』は、銭湯とそこでくつろぐ人の様子を、アイソメトリックという建築図法と透明水彩で描いたイラスト。それがSNSで周知され、書籍化に至った。
※出典:月刊『旅の手帖』2019年7月号/取材先:昭和湯
フリーランスになって自分と向き合う時間が増え、自信が持てるようになったという塩谷さん。学生時代から抱いていたコンプレックスの呪縛からも、ようやく解放されたと言います。
「これまでは、人と比べすぎて自分のことを一切見ていませんでしたが、独立して自分の絵とじっくり向き合ったとき、“めっちゃいい絵じゃん”と自分の絵を好きになることができたのです。誰かと比べる“相対評価”よりも、自分自身を客観的に見つめる“絶対評価”が大切だと気づいた瞬間でした。振り返ってみると、右往左往していた時間も、私には必要だったと思います」
まわり道があったからこそ、心から好きなことに気づき、自信を取り戻すことができた塩谷歩波さん。肩の力を抜いて、自分を認めてあげることが、ワクワクする人生への近道であることを教えてくれました。
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塩谷歩波さん流 キレイを作るバランステクニック
「メイク大好き!」と語る塩谷歩波さん。
スキンケア、ベースメイク、ポイントメイクのすべてにおいて大切にしているのがバランスで、自身の顔をパレットに、足しすぎず、引きすぎず、印象を整えていくところが水彩画に類似するそう。

「今回使用した中で、お気に入りの製品はレジュアーナのコンク(ふきとり化粧水)です。クレンジングや洗顔だけでは落としきれていない汚れがあるんだなぁと気づきを与えられた製品でした。その後の化粧水の肌なじみが変わったので、“引くことって大事”と再確認できました。また、メークで大事にしていることはバランスです。
ベースメークは、ファンデーションを塗り重ねるよりも、素肌をキレイに整えることを重視しています。そんな気持ちにフィットしたのが、エットのスキンファンデーション シアー。サラッとした軽やかな仕上がりが私好みでした。ポイントメークもベースメークと同様、できるだけ地の顔を生かしながら印象を変えることを意識しています。アイラインを茶色にして雰囲気を和らげたり、アイシャドウは単色塗りでナチュラルに仕上げたり。
これって、絵と同じですね。水彩画の場合、輪郭線を薄く仕上げたときは、着色を濃くするとメリハリが生まれます。逆に、輪郭線を濃くするなら、色彩をあまり重ねない方がバランスがとれるのです。最近になってようやく個性を生かしながらのバランスメークが楽しめるようになりました」