人生には理由がある
vol.18
料理家・医師/栁川かおりさん
栁川かおり/料理家・医師
おいしい料理の根底にあるのは
家族への愛
料理家・医師/栁川かおりさん
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「医者の不養生」を地でいく生活が一転。
子どもの誕生を機に料理に興味を持つように
医師として夜中まで仕事をすることも多かったため、家でごはんを食べることがあまりなく、同じく医師の夫とは結婚当初も当直のスケジュールによっては3日会わないこともザラ。お互い働き盛りで多忙を極める「医者の不養生」を絵に描いたような生活でした。
そんな栁川かおりさんが料理家として活動することになったきっかけは、お子さんの誕生でした。妊婦に向けた講習会に参加し、調味料を使わない離乳食を食べて食材そのものの味を意識するようになったそうです。「ベジブロス※1を作ったのですが、野菜だけでこんなに味がするんだって驚いたんです。それまで食材にはなんの関心もなかったのですが、子どもに素材の味を生かした料理を作りたいと思うようになりました」。
※1:野菜の皮や切れ端、ヘタを煮出してつくるだし汁
「医者の不養生」を地でいく生活が一転。
子どもの誕生を機に料理に興味を持つように
多くの場合、初産での産休・育休期間は、慣れない妊婦生活や育児に翻弄され余裕がなくなるものですが、それまで多忙を極めていた栁川かおりさんの場合は逆でした。「時間に余裕ができたので、なにをしようかなって考えて・・・」思いついたのが、料理ブログの開設。旬の新鮮な食材を使い、素材そのものの味を楽しめるシンプルな家庭料理を基本にレシピを作成し、写真を撮って頻繁にアップするように。身近な食材や調味料を使った、再現しやすい料理に読者の反応も良く、家にいても社会とつながっていることがうれしかったと言います。
「元々私の母がなんでも自分で作る人で、旬の素材や新鮮な食材などを当たり前に食べて育ってきたので、そもそも意識をしていなかったのかもしれません。化学調味料の味も知らなかったですし、出来合いのお惣菜も食卓に並んだことがなかったんです」。
実家の家族総出での味噌づくりや梅仕事※2、何日もかけて丁寧につくるおせち料理などの原風景が、子どもの誕生をきっかけに栁川かおりさんの心に蘇ったのかもしれません。
※2:梅が旬を迎える季節に梅干しや梅酒など梅を使った保存食を作ること
軽い気持ちで応募したレシピが高い評価を受け、
料理家としてのキャリアがスタート
料理ブログの更新を続けていた育休中、お昼の情報番組「ヒルナンデス」の“日本一家庭料理がうまい女性決定戦!レシピの女王”という企画で、オリジナルレシピを募集していることを知った栁川かおりさんは軽い気持ちで応募することに。それが応募者1,200名の中から選ばれ見事優勝。二代目レシピの女王として番組出演とレシピ本の出版が決まり、料理家としての活動がスタートしました。
応募した料理はレンジ蒸し鶏に卵ソースをかけたシンプルな一品。「テレビに出演すると知らず軽い気持ちで応募したので、他の方がすごい料理を作っているのを見てびっくりしました。本当に簡単なレシピなので、なんで優勝できたのかなって自分でも不思議に思いました」。審査員は故陳健一氏や落合務氏など錚々たる顔ぶれ。だからこそ難しい凝った料理よりも、シンプルなレシピでありながら、きちんとおいしい家庭料理だったことが優勝の決め手だったのかもしれません。
「私はきちんとお料理の勉強をしたことはないし、特別な知識も技術もないので食材の味を引き立てるシンプルな味付けを心がけています」と言う栁川かおりさんですが、何度も自身で料理しながら検証した結果、下味の重要さに気づいたと言います。
「お肉はそのまま焼くよりも、下味をつけた方がやわらかく仕上がるし、下味をしっかりつけておくと仕上げはどんなものでもおいしくなるなとか、炒め物をするときもお肉と野菜だと味の伝わり方が違うんだなとか、やりながらわかってきました」。
また、旬の食材にもこだわっていると言います。「野菜って旬がはずれるとおいしくなくなるというのをすごく感じるようになって、今は一年中なんでも手に入りますが、旬のものしか買わなくなりました」。こだわりはあるものの栁川かおりさんは、電子レンジを利用したり、作り置きを冷凍するなど働く女性ならではの時短テクニックもうまく取り入れ、「こうしなければいけない」と自分を縛ることはしません。子育ても同様、あまり深刻になることはないと言います。
「子どもの嫌いなおかずも中にはあるけど、一食の中で好物がひとつあればそれでいいかなって思って気にせず出しています。残したとしても“食べないなら私が食べるよ〜っ”て、無理に食べさせることもしません。こんなにたくさんの食べ物があるのでそうそう栄養不足になったりはしないと思うんですよね。牛乳が嫌いならヨーグルトを食べたらいいしって(笑)出し続けるうちに食べられるようになったりもするんです」。
目指す「おいしい料理」は、
華やかでも特別でもない普通のごはん
レシピのコンテストに応募した際、栁川かおりさんは改めて「おいしいものってなんだろう?」という基本に立ち返りました。子どもたちのお誕生日や記念日などで食べるレストランのような驚くようなおいしさなんて普段の食卓では必要ないのでは、と思うようになり「おいしいごはんって実は、毎日食べる普通のごはんかもしれない」という答えに辿り着きました。特別華やかでもなく記憶にも残らないけど、子どもたちが大きくなって家を出た時にふと思い出し、食べたくなるようなもの。それが栁川かおりさんの目指す「おいしい料理」です。
「料理家としていろいろなお仕事をいただいていますが、やはり私の料理の基本は家族が喜んでくれること」。そんな栁川かおりさんが今一番大切にしているのは「家族との時間」。医師としての仕事と、レシピ本の出版やテレビ出演などが重なり家族との時間が減ってしまった時には、できる限り子どもたちに「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」が言えるよう料理家としての仕事をセーブしました。そしてどんなに忙しくても、年末には必ずたっぷり時間をかけて家族の好きなものを詰めたおせちを作り、初夏は梅仕事を楽しみます。お祖母様、お母様から栁川かおりさんへと引き継がれた丁寧な暮らしは確実にお子さんたちにも引き継がれていくはずです。家族への愛から生まれた料理だからこそ、多くの人の共感を呼び、支持されるのでしょう。